ゲノレポへようこそ。

サイト名は「ゲノム」という言葉に由来。

ゲノムとは生殖細胞に含まれる染色体もしくは

遺伝子全体をさす医学的な言葉で、

生命体の『核』になるものだそうです。

 

というのは後付けなんですけどね(爆笑)

なんだこれ(‥)?って感じにして

フワッとしたインパクトも欲しかったんです。

 

現代を賢く生き抜くための核となるような

物事の本質に迫るレポート(記事)となって

読んでくれたかたの大きな気づきとなり

古い考え方を見直してもらえるだけでも

人生を最大限おもしろくするきっかけ

になり得るのではないかと考えています。

 

そのためには自己の体験談や経験

に基づいた事象やその結果のみならず、

目には見えない「運」や「気」といった

スピリチュアルな要素も取り入れた

多角的なアプローチも重要なのではないか

という考えにいたりました。

 

なかでも人生の転機として大きな意味をなす

「結婚」は相手との相性や性格、価値観によって

好きか嫌いかまたは合うか合わないかだけで

判断してしまうのは無理がある、というか

ちょっと無謀なのではないかと感じます。

 

そこでこのサイトでは『六星占術』という

無料で提供されている範囲での占いによる

運勢や相性の分析結果を試験的に記事と

してみました。

 

話題の芸能人の結婚のニュースであれば

タレント名鑑などで生年月日が公表されて

いますし、

 

その方たちが今現在どういった運勢の中にいて

相性度はどれくらいで、結婚の時期として

良い時期なのかどうかを見ていただければ

 

自分はどうなんだろう?

興味が湧くのではないでしょうか。

 

最初に申し上げておくのですが、私自身

占いのたぐいは全く信用しないタイプ

の人間です。

なのになぜ記事として取り扱っているのか

というと、

 

私の孤立無援の幼少期や親との距離感について

そして親の没年時期までをもこの六星占術が

教えてくれていた事をあとで知ったからです。

 

結果的に私は親から離れ、故郷を離れ、

そして友と別れ、いばらの道を自ら選んで

きてしまったというにがい過去があります。

 

もし、あのとき、

それを知っていたらもっと違った人生

を歩めていたのかもしれません。

 

その後は六星占術を信用しないまでも

何か行動を起こす時、運が味方してくれる

傾向にあるのかどうか、そして運がどのような

状況下にあるのか等を自分の直感と答え合わせ

するようにしているといった

 

経緯から

皆さんにも役立つ何かがあるのではないかと

感じるようになりました。

 

 

 

人生には

天命・宿命・運命という3種類があります。

天命・宿命はいくら努力をしたとしても

けっして抗えない定められた『流れ』ですが

 

唯一、運命だけは

自分の努力や志しだいで変える事ができる

という性質を持っています。

 

つまり、その流れを事前に知ることが

できれば、対策を講じることも可能で、

流れをせき止めることができないまでも

流れを変える事はできるかもしれない

という事です。

 

 

また、この事を哲学的に導いたのが

中村天風(なかむらてんぷう※本名は中村三郎)

という方です。

三郎は明治9年7月30日(東京都北区)生まれ

父は九州男児にして明治政府に仕官、

大蔵省、紙幣寮の抄紙局長として紙幣の

研究や開発に携わり、

 

母は神田、小川町生まれの江戸っ子で

その間に生まれた三郎はとにかく

「超絶負けず嫌い」な子どもでした。

 

喧嘩も相手の指を折るまで許さない

徹底ぶりであったと言います。

 

そんな中、三郎が中学3年生のとき

事件を起こし、正当防衛が認められたものの

学校を退学となってしまうのです。

 

その後、福岡の壮士集団「玄洋社」に

預けられ、三郎が17歳のとき陸軍中佐に

その素質を買われ、中国で軍事探偵(スパイ)

として大活躍する事になるのですが、

 

ついに黒竜江軍の竜騎兵に捕えられて

しまいます。

三郎は処刑後、奇跡的に助かるのですが

悪性の肺結核を患っていたのです。

 

父のつてで名医に診てもらうも

病状は好転せず、じゃあ宗教に救いをと

キリスト教の名のある牧師が訪ねてくるも

ただ「祈れ」というばかり。

挙句の果てに禅の指導者がきた際は

「肺病やみの若者はお前か!馬鹿め」

と罵倒されてしまうのです。

 

世間で著名と言われる人の指導には

理論も方法もなく愛のある説明もない

と三郎は怒り、救いの道を求めて

当時憧れていたアメリカに渡るのです。

 

しかしアメリカにその答えはなく

イギリスに渡り「神経療法」の講義内に

「病を治す秘訣を教える」という講義があり、

 

三郎はすがる思いで聞き耳をたてるが

その時、講師の放った回答は

「病を忘れよ」と短編的なものでした。

 

講義の後すぐに控室を訪ね、

 

『病が苦痛だ、忘れる方法を教えて下さい』

と訊くと

 

「そんなこと言っていたらいつまでたっても

忘れられない」

 

『忘れる方法を教えてくれなければ

忘れられない』

 

このらちのあかないやりとりに三郎は

ブチ切れて、ドアを蹴っ飛ばしました。

 

口で言うのは簡単。

「やり方」を示せなければ人は救えない。

三郎が高い講習料を払って得た

答えでした。

 

その後、

フランスに渡るも答えにはたどり着けず

三郎は母親に逢いたいと死を覚悟し、

日本へ行く船に乗ります。

 

三郎の願いは当初、

【結核による苦しみから解放されること】

でしたが、同時に、病を患ったことで

命への関心も高まっていました。

 

・自分は何のために生まれてきたのか

・人間はどこからきて、どこに去るのか

・命とは心とは身とは何か

・心と身体の関係性は何か

 

日本行きの船は途中、他船の故障により

数日間エジプトのカイロで停泊することに

なりました。

 

三郎は閻魔様への置き土産にしようと

停泊中にピラミッドを見に行こうとしますが、

船旅での無理がたたり喀血し倒れてしまいます。

しばらくして何か食べなければと

フラフラの状態で食卓に向かうと見ず知らずの

船客に

「お前は右の胸に大きな疾患がある」

「お前は母国に墓穴を掘りに行こうとしている」

「お前は死ぬ必要はない、お前は助かる」

「わたしについてきなさい」

 

と言われたのです。

あまりにも核心を突きすぎた言葉に

三郎は『承知致しました』と答えました。

 

普通であればついて行きませんが、三郎が

カイロで出会った不思議な人物は

ヨガの聖者カリアッパ師だったのです。

 

ヨガとは俗語で、ヨガ哲学では、

「宇宙と人間と冥合」を意味します。

三郎はヨガの厳しい修行によって

不治の病といわれた肺結核を克服し

中村天風となります。

 

その後、天風は「心身統一法」という

哲学で多くの人々を救ってきました。

 

松下電工(現パナソニック)創業者である

松下幸之助氏や

京セラ(現KDDI)創業者の稲盛和夫氏も

中村天風を師事した一人です。

運命に抗いたい、

少しでも良い方向に近づけたい方は

中村天風の哲学を取り入れるべきだと思います。

 

 

少し長くなりましたが

 

その他、経験をもとにした部分を記事と

織り交ぜて様々な角度から物事を見る事が

できるように構成していくつもりです。

 

それではお楽しみください!

 

 

よろしくお願い致します。

ゲノレポ 一同